【生きとし生ける物へ】僕は君が思うような人間じゃない

文化
文化

「生きとし生けるものへ」の歌詞は独特の表現をしながらも、どこか日本語の美しさを感じることができます。そして、最後の一文の、

「もはや僕は人間じゃない」

は奥深さとメッセージ性を感じる一文です。生きとし生ける物という題名にあるように、歌詞は神羅万象を表現したようにも思いますが、その一方で人類が背負ってしまっている数々の問題についても表現しているようにも見えます。それでは、歌詞を見ていきながら「生きとし生ける物へ」から伝わるメッセージについて考えてみたいと思います。

生きとし生けるものへ 歌詞

作詞:御徒町凧 作曲:森山直太朗

やがて涙は渇くとて 風に吹かれちゃいられない

僕は君が思うような人間じゃない

どうにかなるさと戯けても

どうにもならないことがある

これじゃまるでピエロか占い師 子等の放った御影石

たかが言葉と嘯けど されど言葉の摩訶不思議

かつて猿が手にした玉手箱 箱の中には何がある

嘘と真の化かし合い それを眺める天邪鬼

何処も彼処も言うなれば極楽と 数の足りない七並べ

朝焼けは闇の向こう

真実は悲しいほど勝手なもんさ

生きとし生ける全ての物へ 注ぐ光と影

花は枯れ大地は罅割れる そこに雨は降るだろうか

明日へと さあ進め

運命とは儚きあの旋律のようさ

生きとし生ける全ての物へ 注ぐ光と影

花は枯れ大地は罅割れる そこに雨は降るだろうか

生きとし生ける全ての物へ 注ぐ光と影

花は枯れ大地は罅割れる そこに雨は降るだろうか

僕は君が思うような人間じゃない

そうさそんな人間じゃない

もはや僕は人間じゃない

言霊という存在

言霊とは一般的には日本において言葉に宿ると信じられた霊的な力のことです。歌詞の中で、

「されど言葉の摩訶不思議」

とあるように、良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉なことを発すると悪いことが起こるといったことは昔から信じられた思想です。そして、このことは思想を超えた一つの真実といって良いのではないかと思います。

ヒトから発せられる力

ある意味、人の世界は言葉という存在によって創られているといってよいほど、言葉が持っている力はとても重要なものです。私たちが日本人であるということを認識出来ているのは「日本人」という言葉があるおかげであり、私たちが今の日本列島を日本だと思い、自分達のことを日本人だと思えるのも「日本」「日本人」という言葉があってはじめて認識出来ていることでもあります。

つまり、言葉が持つ力というのは私たちが想像している以上の力を持っているということです。

しかし、人は言葉を持ってしまった見返りとして、本来あるはずのない嘘や虚構というものまでもを持たされてしまったのではないでしょうか。さらに言葉に裏付けを持った嘘や虚構はさらなる力を持ち私たち人間に対して数々の問題を引き起こしているのだと思います。

嘘と真の化かし合い

この世の中の人を3種類に分けるとするならば、嘘をつく人、本当のことを言う人、どっちつかずの人に分けることが出来ると思います。さらに嘘をつく人は、嘘を嘘とわかって言う人、嘘を嘘だとわからず言う人に分類されると思います。

なぜ、人は嘘をつくのかはかなり難しい問題ですが、人は本能的に真実の方が困難なことが多く、嘘の世界の方が楽であることを知っているのかもしれません。そして、どっちつかずの人は考えること自体を放棄してしまっている状態に陥っているのではないでしょうか。

こうした嘘と真実が入り乱れた状態に陥ってしまっては、この世の中は「数の足りない七並べ」をやらされているかのごとく、本質的に解決することが出来ない状態になっているのかもしれません。

明日へと さあ進め

嘘をつく人や傍観者は沢山いるのは事実ですが、真実を知りそれを実行できている人もたくさん存在していると思います。

私たちはこの世の中にどんなに嘘や虚構が蔓延していたとしても、前に進まないと(生きていかないと)いけません。大切なことは、まず真実を知ろうとする意識を持つことだと思います。

そうすれば、闇は晴れ朝焼けはきっとやってくるのだと思います。

僕は君が思うような人間ではない

人は言葉だけでは決めつけられない存在です。

自分自身を表現する言葉さえ見つからない時があるのに、それを他人が想像できようはずがありません。そして、時には他人に良く思われたいがために、ほとんどの人が見せかけの自分を演じているのではないでしょうか。それ自体が悪いことだとは思いませんが、他人だけでなく自分自身までもを騙し続けたのなら、その内自分を見失ってしまう危険性があるのではないでしょうか。

全ての生き物には生があれば死があるように光があれば闇もあります。人間も生き物の一員であり、光があれば闇を持っています。明るい人だと思われていたとしても、心のどこかには暗い負の気持ちを持っていたりするものです。他人が自分のことを「こんな人間だ」と決めつけたとしても、自分は「こんな人間でも、そんな人間」でもないことの方が多いのではないでしょうか。

また、人類という言葉は「ヒト属で学名はサピエンス」という言葉で定義されていますが、それが人間というものなのでしょうか。人はそんな言葉だけで定義されるものではないもっと大事なものを持っていると思います。

それが、

「もはや僕は人間じゃない」

という言葉に込められているような気がします。自分ですら自分という存在を言葉で表現することが出来ないのだから、自分を人間という言葉で決めつけることなんて出来やしないのだと思います。

他人から非難の対象とされ罵られたとしても、その人は非難した人のことをどれだけわかっているのでしょうか。そうした行為によって他人をどれだけ苦しめているのかということなど理解は出来ないと思います。

こうした他人から非難や決めつけなどで苦しめられている人達にこそ、「生きとし生けるものへ」を聴いてもらいたいなと思います。そして自分自身を取り戻すきっかけにして欲しいなと思います。

そして、闇の向こうにきっと朝焼けが待っているのだと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました