【NARUTO(ナルト)】【うずまきナルト】ナルトの成長とマズローの欲求5段階説

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NARUTOの人物考察の第2回目として、主人公の「うずまきナルト」を取り上げたいと思います。

ナルトは幼少期はイタズラやバカなことばかりやっていて一見明るくやんちゃなように見えます。しかし、ナルトは生まれてすぐに両親を失い、人々にとって恐怖の対象となる「九尾」を体の中に封印されてしまいました。「九尾」という存在は現在でいう核のような強大な力の象徴といったものになります。そして、里の長である3代目火影に保護され育てられることになりましたが、家庭的な温かみのある環境で育てられたというわけではなく、「九尾」という力を保護しているという状態に近い状況でした。

ナルトの食生活がラーメンばかり食べているシーンがよく描かれることに象徴されるように、ナルトは一般的な家庭環境の中で育ってきたということでは無く、どちらかというと歪んだ状況の中で育ってきたといえます。私は3代目火影は好きなので、もっと愛情持って育ててあげて欲しかったと思ったりもしますが、こうした状況の中でも一人の人間として成長する姿を描きだすことがナルトのテーマの一つなのではないかと思います

それでは、ナルトがそのように困難な人生を切り抜けてきたのか考察していきたいと思います。

ナルトの成長とマズローの欲求5段階説

ナルトの成長を見ていく上で、考えていかなければならないのが「マズローの欲求5段階説」です。この説によると、人間の欲求は5段階のピラミッドで構成されており、低次元の欲求が満たされると、より高次元の欲求を欲していくとされるものです。ナルトは「忍び」としての戦う能力だけでなく、精神面においてもマズローが提唱するような段階的な成長をしていくことになります。

マズローの欲求5段階説

第1階層 生理的欲求

生理的欲求とは、食べたい・飲みたい・寝たいなどの欲求であり、生命活動を維持するために不可欠な必要最低限のことです。

第2階層 安全欲求

安全欲求とは、危機を回避したい、安全・安心な暮らしがしたいという欲求です。

第3階層 社会的欲求

社会的欲求とは、社会集団に所属して安心感を得たいという欲求です。所属と愛の欲求と呼ばれることもあります。孤独な生活をして「どこにも所属していない」と寂しさを感じることは社会的欲求が満たされていない状態になります。私たちが健康に日々を暮らしていくためには、物質的な満足だけでなく、自分を受け入れてくれる他者の存在が不可欠とも言えます。

ナルトは3代目火影に保護されていたため、第2階層の安全欲求までは満たされていたと言えます。しかし、この第3階層の社会的欲求についてはナルトは満たされていない状態でした。夕刻に友達たちが両親たちが迎えに来るのを横目に見ながら、ひとりでブランコに乗り続けている姿が作中に描かれており、子供にとってこの状態はとてもきついものであったに違いないと思います。つまり、ナルトの成長はこの第3階層の社会的欲求を満たすことから始まるのです。

第4階層 承認欲求

承認欲求は所属する集団の中で高く評価されたい、自分の欲求を認められたいという欲求であり、尊厳欲求と呼ばれたりもします。承認欲求には「低位の承認欲求」と「高位の承認欲求」に分類されます。「低位の承認欲求」とは、他人に注目されたり、賞賛されたりすることを求める欲求になります。一方、「高位の承認欲求」とは他人にどうみられるかではなく、自分が自分を承認できるかどうかを問題となり、他者依存から自立した自我としての欲求ということになります。

第5階層 自己実現欲求

自己実現欲求とは、自分らしく生きていたい、自分にしかできないことを成し遂げたいという欲求です。「理想的自己イメージ」と現在の自分が一致していないときは、少しでも理想に近づきたいという欲求が生まれます。

6つ目の欲求 自己超越欲求

後年のマズローはこれらの5つの欲求にさらにもう1段階高次の欲求を付け加えました。それが「自己超越欲求」です。自己超越欲求は他者や社会など、自分の外にあるものに対する貢献したいという欲求です。「社会をより良いものにしたい」といった慈善活動や大規模な寄付などは自己超越欲求の表れでもあります。

「俺は火影になる」の意味

ナルトはことあることに「俺は火影になって、みんなを認めさせるんだ」と言っています。これに対して、うちはイタチは「火影になったものが皆から認められるんじゃない、皆から認められたものが火影になるんだ 仲間を忘れるな」と言います。

ナルトははじめは「火影」という存在を皆から賞賛を得るための手段として目指しています。特にナルトが意識していなかったとしても、第4階層の承認欲求が満たされていない状態ですので、この欲求を満たすためだけに「火影」を目指していたと言って良いと思います。このため、私もですがナルトの火影を目指している姿にはどこかしら共感出来ないものを感じてしまいます。それは、ナルトが承認欲求を満たすためだけに利用しようとしているというのが見えてしまっているからなのだと思います。

うちはイタチは、目指すべきは仲間を大事にするといった精神的な成長であり火影はその結果だけに過ぎないと言っており、まさに正論だと思います。しかし実際は、「火影」の歴代就任者は皆から認められたものというより初代火影である「千手柱間」の一族と弟子達で占められているため、そんなきれいごとばかりではないのが事実だったりします。こうした正論だけでなく、矛盾した世の中のあり様が描かれているのも「NARUTO」の面白さなのかもしれないのだと思います。

父親の存在

父親である4代目火影波風ミナトと木の葉の里を襲ったペインとの戦いの時に再開することになります。自分に想いを寄せている日向ヒナタがペインによって重症を負わされたことをきっかけに、九尾の力が暴走を始めます。九尾の力は、ナルトの負の気持ちに傾いた時に引き出されます。自分にとって大事な人が傷つきられるのを見てしまうことで、怒りや憎しみなどの負の気持ちが引き出され、自分では制御することが出来なくなります。

こうした時、自分の内側から見守っていた父親によって止められます。父親であるミナトは自分がなくなる前に自分の精神エネルギーであるチャクラをナルトの中に残すことによってこうした出会いが生まれました。ナルトは自分の辛い気持ちや淋しい気持ちを父親に伝え、そして自分が強くなったことを伝えました。ミナトはこうした気持ちを受けとめ、ナルトが次にするべきことを告げ託します。

こうして、ナルトは父親の愛情というものを受け取ることが出来、自分を取り戻すことが出来たのです。その結果、敵であるペインを破り「里の英雄」として里の人々から賞賛され認められることになります。自分が成長する時や社会的な地位を手に入れる上で、特に男の子にとって父親の存在はとても大きいのだと思います。ナルトのこのエピソードはそれをものがたっているような気がします。

母親の存在

ナルトは九尾の力をコントロールするための修行をしている時に母親であるうずまきクシナと再会することになります。九尾の、まず初めにもう一人の自分である闇の自分と対峙することになります。ここでは、ナルトと同じように八尾の力を封印されたキラービーから「自分を信じることを」を学びます。そして「自分を信じること」が出来るようになったナルトは、闇の自分と和解することに成功します。

しかし、成長したナルトでも精神世界で九尾と対峙した時に、九尾の強い憎しみに負けそうになります。こうした時に再開したのが母親のクシナでした。父親と同じように精神エネルギーであるチャクラがナルトの中に残されたことによる再開で短いものでしたが、ナルトにとってはとても大きなものになったのではないかと思います。子供にとって両親から一番して欲しいことは、望まれて生まれてきたということを伝えてもらうことであり、特に母親から伝えてもらえることが一番安心することだと思います。短い間であった再開でしたが、ナルトにとっては十分に意味のある時間が過ごせたのだと思います。

火影を目指す新たな意味

父親と母親との出会いによってナルトは第3階層の社会的欲求が完全に満たされます。そして、「自分を信じること」が出来るようになったことで、第4階層の承認欲求までもが満たされたことになります。

そして、それでもナルトは火影を目指します。しかし、昔目指していた承認欲求を満たすためだけの火影というものからは脱却し、第5階層の自己実現欲求を満たすために火影を目指すような意識的な変化を感じることが出来ます。こうした状況下でならナルトが「俺は火影になる」という言葉を聞いても、どこか応援したくなる気持ちに変わっていることがとても不思議だなと思います。

まとめ

ナルトは最終的には火影になることが出来、第5階層の自己実現欲求までも満たされ、成功した人生を送ることが出来たように見えます。しかし、そこまでの過程は順風満帆ではなく、どちらかというと苦難に満ちた人生だったと思います。一歩間違えれば、堕落した人生になってもおかしくはなかったと思います。

こうした苦難に満ちたナルトの人生を救った最大の武器は「ど根性」だったのだと思います。ナルトは、

「俺があきらめるのをあきらめろ」

というくらいのど根性をもっています。ナルト自身があきらめなかったことで火影という道は閉ざされることはなく、一人の人として立派に成長することが出来たのだと思います。どんな困難があってもそれに負けることなく前向きに生きること、このことこそが「ど根性」なのだと思います。マズローの言うような人の求める欲求を満たしながら成長していくために様々なことが必要になってきますが、もっとも大切なものはあきらめない心である「ど根性」なのかもしれないなと思います。

ナルトを見ていると「ど根性」の大切さ学ぶことが出来るような気がします。

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