【NARUTO(ナルト)】【うちはイタチ】天才がおかした失敗とは何か?

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あなたの漫画で何がおススメですか?

私のおススメのいくつかありますが、その中でも1位、2位を争う漫画は「NARUTO」です。NARUTOは少年ジャンプで連載していた忍者モノの漫画ですが、いわゆる勧善懲悪のようなヒーローが敵を打ち負かすのだけの漫画ではありません。キャラクター一人一人にストーリーがあり、敵味方問わず悩みを抱えながら戦い成長していく姿が描かれています。そして人生にとって大切な多くのことについて教えてくれます。

それでは、キャラクター一人一人に焦点をあてながらNARUTOの中で伝わる人生にとって大切なモノについて考えたいなと思います。第1回目として、「うちはイタチ」を取り上げたいと思います。いきなり主人公ではなく敵役の一人になりますが、それくらいNARUTOの中では重要で、強く、かっこよいキャラクターです。

しかし、イタチは天才でありながらもある重大な失敗をしてしまいます。その失敗とは一体何だったのでしょうか。

うちはイタチの人生

うちはイタチは、里を立ち上げに関わった「うちは一族」という名門の生まれになります。父親は一族のリーダーであり、イタチ自身は7歳で忍者学校をトップで卒業するなど能力もずば抜けていました。そんな、非の打ち所のないエリートで天才であるうちはイタチですが、里や一族の争いに徐々に巻き込まれていくこととなります。

うちは一族は警務部隊を率いているという名目は与えられていましたが、里の上層部からは敬遠され、そのため住居は里の外れの方に移されていました。うちは一族はエリート意識が高く、里の主権をとるためクーデターを起こそうと計画します。もちろん、一族のリーダーである父親はクーデターに参加し、イタチもクーデターの主力として期待されました。

しかし、イタチはその計画に反対し一族を抹殺してしまいます。そして、自分は一族殺しの汚名を被せられ里を抜けることとなります。

なぜイタチは里を選び、一族を捨てたのか

イタチが一族を抹殺したのは木の葉の上層部から命じられた任務でもありました。もちろん、任務を放棄しクーデターに参加することは出来ましたがイタチはそれをすることはありませんでした。イタチの父親であるうちはフガクは一族のリーダーであり、一族を率いていく立場にあります。そのため、一族の不平不満を受け止めなければなりませんでした。フガク自身は平和的にことを済ませようと思った節もありましたが、不平不満を止めることは出来ずクーデターへと行動していきます。イタチはそれを止めるため、一族だけでなく父親と母親までも手にかけることになります。

イタチはたとえクーデターが成功したとしても新たな争いのもとをうむだけで、何も解決しないことを理解できていたのだと思います。イタチは自らのことを「俺は木の葉の里のうちはイタチだ」と言います。家族や一族も確かに大切なものであるのは間違いない事であります。しかし、家族や一族というものに縛られることで、間違っているとわかっていることを行ってしまうことは誤っています。

イタチは一つ高い目線でモノゴトを考え、行動することが出来たのではないでしょうか。イタチは自分のやるべきことを理解しており、一族を捨てるという選択を取らざるを得なかったのだと思います。

外見や思い込みに惑わされないこと

うちはイタチはNARUTOの忍者の中でも1番をあらそう幻術の使い手です。そのため、イタチは目に見えることは全てまやかしであるという前提に立った考えを持つことが出来ました。イタチは次のような言葉を述べています。

人は誰もがおのれの知識や認識に頼り、縛られて生きている。それを現実という名でよんでな。だが、知識や認識とは曖昧なものだ。その現実は幻かもしれない。人は皆、思い込みの中で生きている。そうは考えられないか?

世界的ベストセラーの「サピエンス全史」では、人類が現代のように発達することが出来たのは「虚構をつくり出し、それを信じることが出来るようになったから」と述べられています。まさに、イタチのいうように人は思い込みの中で生きているのだといって良いのだと思います。

そうした時、一体何が正しくて何が正しくないのかが分からなくなります。そもそも何が正しいということ自体考えても答えはないのかもしれません。しかし、だからこそ外見や思い込みに惑わされず自分を見失わないことが求められるのだと思います。

イタチの失敗

うちはイタチはとても優秀で、強く、ひとりで何でもできてしまうように思ってしまいます。しかしイタチが行ってきたことは実は失敗だらけでありイタチ自身もそれを自覚していました。

イタチの失敗とは一体何だったのでしょうか。

イタチの最大の失敗「すべてをひとりで解決しようとしたこと」

イタチはうちは一族を殺しクーデターを止める代わりに弟のサスケの命だけは救うように里の上層部と約束を取り付けます。自分は一族殺しの汚名を被り、一族の名誉はサスケに託します。そして、サスケを強くし里の英雄にしようと、影から見守りながら画策し行動をとっていきます。しかし、サスケはイタチの思いとは反対に、里がイタチに与えた任務を憎み、その結果として里をつぶすという行動に出るようになります。

イタチは自分のやったことは裏目に出たと失敗をさとります。そうした時、主人公であるナルトと出会い、ナルトならサスケを救ってくれるのではないかと思うようになります。そして、自分ではできなかったことがナルトになら出来るのではないかと思い、自分の思いをナルトに託し自分の力の一部を分け与えます。イタチの最後の場面でサスケとの会話の中で次のように語っています。

己自身を認めてやることが出来ない奴は失敗する。かつてのオレのようにな

己自身を認めてやることが出来ないとは一体どういった意味でしょうか。それは、自分が何でも出来る、自分に出来ないことはないと思ってしまうことではないでしょうか。本当は出来ないことは沢山あるのにそれを自分で認めることが出来ない。自分では何でも出来ると思い込んでしまったら、何でも自分一人でしようとする。それが出来ないことであったとしても。

自分のやってきたことに正しい、正しくないということを決めることは難しいことだと思います。

しかし、自分に出来ないことは周りに頼ることでより良い結果を生み出すことは可能だなのだと思います。イタチがもっと早くにこの考えを持つことが出来たのなら、もしかしたら一族殺しとは別のもっと良い選択ができたかもしれないのではないのかなと思います。

まとめ

NARUTOは少年漫画ではありますが、人生にとって大切なモノを考えさせてくれるとても良い漫画だと思います。今回焦点をあてた「うちはイタチの失敗」からは、「自分に出来ないことは素直に認め、周りの仲間を頼る」ということでより良い人生を切り開けていけるということを学ぶことが出来るのではないでしょうか。

NARUTOを読んだことは無いという方には是非おススメしたい漫画ですので、機会があれば読んでほしいなと思います。

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