【子育て】イクメンという言葉の違和感とこれからの子育てに大切なこと

子育て
子育て

現代ではイクメンという言葉が定着し、男性が子育てに参加するということが当たり前の時代になっています。

しかし、過去の歴史の中で、男性は子育てに全く参加してこなかったのでしょうか。そして、私はイクメンという言葉には違和感を感じています。その違和感と、これからの子育てにとって大切なことについて考えてみたいと思います。

男性は子育てに参加してこなかったのか?

過去の日本の歴史の中で男性はどのように子育てを関わってきたのでしょうか。江戸時代では、武家の家では跡目相続という考え方があり、男の子は父親が教育するものとされていました。また、農家においても農作業で培った知恵や技術を子育てを通じて教えたとされています。武家も農家も「家」という存在が生活の中心だったため、家を継いでいく子供の教育は父親の最も重要な仕事であり責任でもありました。落ちこぼれの子供を出してしまったら父親の責任として周囲から見られ、とても恥ずかしく思うことでもあったようです。

明治以降は近代化が進む中で、職場と家庭が分離され子育てにおける父親の役割が薄れていきます。さらに、戦時中では父親は家庭に帰ることが出来ず、自然と子育ては母親の役割になっていったと考えられます。

子育ては女性が行うという考えは最近発生した

少なくとも江戸時代の子供の教育や育成は父親が関わってきました。さらに、子育ては血縁に関係のない人たちも参加し、社会のコミュニティの中で子育てをするという考えのもと子育てが行われていたと考えられています。例えば、血縁関係はなくとも生後すぐに母乳を与えた乳母という存在は、社会全体で子育てを行った代表的な例といえるのではないでしょうか。また、あまり裕福でない農家などでは、食べていくのに精一杯であり女性だけでなく子供も労働力とみなされました。子供の数が多かったという時代背景があるかもしれませんが、さらに食べるのに困窮すれば子供は奉公などに出されました。

これらのように、過去の日本の歴史をみていくと女性だけが子育てに関わっていたということではなく、社会のコミュニティの中で子育てが行われてきたといえます。むしろ、現在のような女性が専業主婦で子育てや家事だけを行い「子育ては女性が行うものだ」という考えは明治以降に発生したと考えられます。

母親に母性はない!?

当たり前のことですが、男女は体の構造が違います。そのため、それぞれにあった役割を持って生まれ存在してきたと考えられます。人間だけにかぎらず生き物の最大の目的は子孫を残していくこと、生きるために食べていくことです。男性は外に出向き食料を確保し、時には家族を守るために外的と闘うことが求められたりします。そのため女性と比べ体つきは筋肉があり力強くつくられています。一方、女性は男性と違って筋肉量は少なく体は柔らかくつくられています。こどもを抱き安心感を与えるには男性より向いているといってよいでしょう。

このように体つきの構造から、子育てはどちらの役割なのかという議論がされたのなら、女性が選ばれてしまうかもしれません。そして、母親には母性があり本能的に子供を大事に思うように出来ているのだから子育てにむいているでしょうと潜在的に思われているかもしれません。

しかし、本当に母親には母性が存在しているのでしょうか。実際には母性などは無いのではないかという考え方もあります。例えば、ニュースなどで児童虐待に母親が関わっていたという事件は少なくありません。すべての女性に本能的に母性が備わっていたとしたのならこのような事件はまったく発生しないことになります。

つまり、子供をかわいいと思うのは母親、父親を問わず共通した感情であり、子供に対する感じ方は人それぞれだということなのではないでしょうか。私は母親は母性があるのだから子供をかわいがるのは当然だと決めつけてしまうことは問題ではないかと思います。少なくとも、このような脅迫じみた思い込みを女性に与えプレッシャーをかけることで良い結果をうむことはないと思います。

イクメンという言葉はいつから使われるようになったのか

明治以降の近代化により職場と家が完全に分離され、男性は自然と子育てから離されていきます。さらに、戦時中になり男性は「お国のため」ということで子育てをする余裕はなくなっていきます。女性や子供を戦場に送り出すわけにはいかないため、子育ては残った女性を中心として行われたのは自然なことでした。

戦後では復興や生きていくために全員が必死な時代であり、子供も子供なりに生きていくために必死にならないといけない時代だったと想像されます。こうした状況では子育てということは出来る人がやる、最悪ほったらかしということもあったかもしれません。復興が進み、経済成長を続けると少しずつ余裕が生まれてきます。そうしたことで、子育てや教育ということに少しずつ目がむけられるようなっていったのだと思います。

経済復興を遂げた日本では生活の環境や家族のあり方がこれまでと大きく変化しました。都市部に人口が集中し、仕事を中心とした住環境をとらなくてはいけなくなります。こうして核家族化が進んだことで、子育ては父親と母親が中心となって行われるようになりました。

イクメンという言葉は2000年代から使われるようになった造成語です。ワイドショーなどのマスコミが、子育てに熱心な男性を現代的な父親像として定着させる意図で用いたことから普及していきました。その背景には、1999年に男女共同参画社会基本法が制定されたことがあります。マスメディアは政府が制定した法令に準じた報道を行い、その意識づけの手助けをしたにすぎません。

男女共同参画社会基本法とその意図は何か

男女共同参画社会基本法とは平成11年に男女平等を遂行される目的制定された法律になります。男女共同参画社会基本法では、5つの柱を掲げています。

・男女の人権の尊重

・社会における制度または慣行についての配慮

・政策等の立案及び決定への共同参画

・家庭生活における活動と他の活動の両立

・国際的協調

この法律が制定される数年前の平成7年の調査では、この法律に反対する人たちは5.2%でした。その理由としては、「男女の平等は、社会の意識や慣習が変化し、女性が十分に能力を発揮できるようになれば自然に達成される」というものでした。私もその通りだと思いますが、自然に達成されるのを待っていたのであれば、いつになるかわからないというのが現実なのではないかと思います。

また女性が働きだすことで「女性が働きだしたから少子化が進んだ、女性は家庭にいるのが一番なんだ」という風に考える人たちがいるかもしれません。しかし、これは間違った考えであることを理解しないといけません。すでに1974年には日本の人口は減り始めており、少子化問題と女性が働くことは別問題です。

イクメンという言葉の違和感

仕事があるからという理由で、子育てを女性に任せきりにする男性の目を覚まさせるため「イクメン」という言葉が用いられたのは悪いことではないと思います。

しかし、イクメンという言葉で表面だけ取り繕っているだけで、本質的な問題について何も議論されないことに違和感を感じます。親として子育てに関わっていくのは当然のことであり、問題はイクメンという言葉を使わなければ子育てに関わろうともしない親としての意識の低下にあるのではないかと思います。また、女性側の「今はイクメンという時代だから子育てして当然」という意識で子育てを男性に押しつけてしまうことは、男性の疲弊を招いてしまいます。

現代の子育ては行う環境はとても難しく、父親と母親だけでは行き詰ってしまうことも多いと思います。だからこそ私たちは、イクメンという言葉で無理やり子育てに関わるのではなく、これからの社会というものをどうしていくのかを考えていかなければならないのだと思います。

まとめ

時代によって社会の構造は変わり、これによって男性、女性の子育てへの関わり合い方は変わっていきます。現代では男性に本来求められていた、力強さというものはほぼ必要のないものとなっています。生きていくためには、肉体的な力ではなく、お金を稼ぐ能力といった経済力になります。そのため、女性の方が経済力が高ければ、女性にその役割を任せた方がよいともいえます。

しかしながら、子供をつくり子孫を残していくという大事な役目は女性にしか出来ません。このため、女性が子供をつくったとしても不利益にならないようにするためにはどうしたら良いのかということがより重要になってきます。

男性にとっては、イクメンという言葉で無理やり子育てに参加するのではなく、子育てに積極的に関わりながらこれからの社会のあり方をどのようにしていくべきかを考えていくことが必要になってくるのではないでしょうか。女性にとっては、女性らしさとは何かを考え子育てをおろそかにせず社会に目を向けていくことが大切になると思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました